※ ジャンプ45号のネタバレがあります。未読の方は注意!
Sound Of Omen
凄い顔だ。
一護はそう思わずにはいられなかった。
目の前で一護を見つめている維の顔は複雑と言う他に言い様が無かった。
一見すれば顔を顰めていると言う表現になるのだが、かなり凄い事になっている。
眉間に皺を寄せて、何かを思案しているかのような、何かを探しているかのような、何かを言いたそうな。
一言では言い表わすには様々な表情が入り混じっていて今、維が何を思っているのかを正確に知る事は難しそうだった。
なので、一護は素直に今の気持ちを言葉にして維にぶつける事にした。
「維」
「なに?」
「凄い顔になってんぞ」
「しょうがないじゃん。今すっごい違和感感じてるんだもん」
表情は少し柔らかくなったが、それでも維の表情はまだ気難しげなもののままだ。
しかし維の言葉で一護はようやく、彼女があんな表情をしているのかを理解し始める事が出来た。
「………聞こえないか?」
藍染との戦いで、一護は最大の力を引き換えに全ての霊圧を失った。
もう一護には目に見えぬ隣人の姿は見えない。
そして維は、霊圧を聞く事が出来る存在である。
心なしか、気遣うように問いかける一護に、維はハッキリと頷いて答えた。
「ぜんっっっっぜん、聞こえない。ホントにもうなんっっっっっにも聞こえないの」
何もそこまで溜めなくてもと思うほどの言葉を放つ維を見て一護は頭を掻いた。
「………変か」
「変」
「……アッサリ言いすぎだろ、お前」
あの表情からすぐさま真顔になりバッサリと言い放つ維に一護は溜息を吐いた。
呆れたと言った一護の表情に維は頬を膨らませた。
「あのね、ずっと聞こえてた『音』が全く聞こえなくなっちゃったんだよ? 私、今もの凄ぉぉおおおおく戸惑ってるんだけどなー」
不貞腐れた表情でどことなく棘のある口調。
一護は八つ当たりを受けているような心境に陥った。
霊圧を失ったことには一護自身寂しさを感じるが、そこに至るまでの行動にはいっさい後悔していない。
それなのに、目の前にいる少女は駄々をこねるように一護に詰め寄る。
責めるように感じないのは、維もまた一護の覚悟と思いをきちんと理解しているからだと一護は解っている。
が、どうして維がここまで刺々しく詰め寄るのか、一護には理解できなかった。
「オレはここにいるだろ?」
だから一護は維の気持ちを推し量ろうと言葉を放つ。
「だから余計に戸惑ってるんだってば」
維は首を横に振った。
その表情にはどこか焦りのようなものが混じっている。
「私にとって一護はずっと『音』を鳴らしてた人だったから、それが当たり前になってたんだよ」
一護の『音』は維がどんなに調整して音を聞こえなくしようとしてもずっと聞こえていたと言う。
そう考えれば、一護の霊圧消失は慣れ親しんだ音が無くなってしまった事になる。
違和感を感じずにはいられないだろう。
維は今度こそハッキリと、表情を変えた。
「目に入る姿と耳に入る『音』が合わさって黒崎 一護っていう存在なんだって、私は認識してたんだなって、解ったよ」
維の表情は、寂しそうなものだった。
物心付く頃にはすでに維と共にあった『音』はもう何も聞こえない。
強い意思の音も、雨のような寂しそうな音も。
「今の一護、ちょっと違う人みたいに感じるもん」
もう何も。
「維…」
維の表情を見て、彼女の気持ちをやっと理解できた一護は、ゴメンと言う言葉が口から出ようとした。
しかし、すんでの所で押し留めた。
その言葉は、今まで起こった事全ての否定になってしまう。
一護にとっても維にとっても。
開いた口を一つの言葉も無しに閉じた一護の止めた言葉を理解したのか、維は苦笑を浮かべた。
「でもさ」
そっと維は手を伸ばす。
「さっきイッチーも言ったけど、イッチーはここにいるんだよね」
維が手を伸ばした先は、一護の手だった。
一護の手を優しく掴んで握る。
暖かい。生きている者の手だ。
「『音』がもう聞こえなくても、一護はここにいる。今はまだ慣れないけど、暫くすればきっと慣れてくるよ」
だから、大丈夫。
嬉しそうに、寂しそうに笑う維の手を一護は握り返した。
「そうか」
「うん。八つ当たりしてゴメンね――――ありがと」
「…………おう」
少し照れくさそうな一護の表情を見て、維は笑う。
自身で言ったように慣れていくのだろう。
そして、今の黒崎 一護を何の違和感も無く黒崎 一護と思えるようになるだろう。
彼から響いてきた『音』は、もう何も聞こえない。
――――――聞こえない?
ぞわり。
維の背筋がかすかに、冷たく震えた。
本当に? 何も? 聞こえない?
維は笑顔を止めて一護を見つめなおす。
「維?」
急に表情を変えた維へ一護は訝しげな表情を返す。
本当に、何も聞こえない?
(聞こえないよ、何も、何も聞こえない)
本当に?
(聞こえない、一護の音だったら、私絶対に忘れない。でも、なんだろう)
胸と耳の奥底が引っかかる感じがする。
一護は霊圧の全てを失ったはずだ。
だからこそ、維にはもう何も聞こえなくなった。
しかし、この違和感はなんだと言うのだ。
本当に、何も、聞こえ無くなった?
「維?」
心配そうに問いかけてくる一護にようやっと、維はかぶりを振って答えた。
「ごめん、なんでもないよ。ヤッパリ違和感あるなぁって思ってさ」
心臓からドクドクと嫌な音が聞こえてきたが、維はそれを無視する。
維の表情に一護は納得したようで、苦笑を浮かべて維の頭を軽く小突く。
「早く慣れろよな」
「解ってるって」
やっと、皆が平和に穏やかに暮らせるようになったのだ。
寂しさはあるがそれは一護が、維が、大切な仲間たちが何よりも渇望してきたものだ。
だから、このままで。
ずっと、この生が終わるまで、このままで。
維は強く一護の手を握った。
聞こえなくなった一護の『音』がかすかに聞こえると言う朧気な感覚を、維はそっと蓋をした。
それが何かの予兆だとしても、今はまだ。
あとがき
藍染との戦いで死神としての力と霊圧を代償に全力の力で戦った一護。
一般霊ですら見えなくなっていたので本当に見えなくなったんなぁと思った時に、維の能力を思い出しましてね。
今まで維は一護の音を聞いてたわけだけど、もう聞こえなくなるんだなぁと、すっごい違和感感じるだろうなぁとか思ったのでこんな話ができました。
最後にシーンは完全に物語が完結したワケではない(だって連載まだ続く/爆)ので、その予兆と言うかなんと言うか。
一護の霊圧が復活するのか、どうなるのかは解らないけどとりあえず一護主役なんで、なんだかんだで闘いの渦中に巻き込まれるのは確定的に明らかですからね。
今週号休みだし、今のウチに妄想吐き出しておこうと(笑)
2010/10/21