春の日差しが強くなり、柔らかな光が肌を刺すかの如く、鋭くなる。

暖かな気候の中、確かに暑さが混ざっていく。

初夏が、近付いてきていた。

 

 

 

 

 

「桜、散っちゃったねぇ」

 ちりりと髪に飾っている鈴を鳴らして、維が呟く。

 誰に聞かせている訳でもないだろう言葉なのは解ったが、なんとなく気になって一護は後ろを歩いている維を振り返り、ギョッとした。

 一護が見た維は、上を見つめたまま歩いていた。

 上を向いているせいなのか、口が少しポカンと開いているのが、かなり間抜けである。

「……維」

「んー?」

 一護の不機嫌な声色を聞き流しながら、なんとも気の抜けた返事を返す維。

 意図せず、一護のこめかみに薄く青筋が入るが口から出たのは、溜め息だけだった。

「………そんなアホ面して上ばっか見てんな、ぶつかるぞ」

 一応注意を促してみたが、あまり効果が無いことを付き合いの長い一護は知っている。

 維は一護の予想通り、聞いていた筈なのに、顔を戻す事は無く。

「イッチー、私の代わりに見てて」

 と、のたまう始末。

 薄かった青筋が本格的に浮き出ると。

 一護は歩くのを止めた。

 数秒後。

 

 どん!

 

 当然と言えば当然なのだが、維が一護の背中に直撃した。

 もともと覚悟して維からの衝撃に備えていた一護は一瞬息を詰めるだけで済んだが、維はそうも行かない。

「グッ……――――〜〜〜〜!!!!」

 上を向いていたため顎が背中に当たったのだろう。

 何かが潰れた様な声を上げたかと思えば声にならない悲鳴を上げて、維は動きを止めた。

 一護は維から少し離れ彼女を見ると、維は衝撃のショックか暫く上を向いて震えていたが。

 暫くして何とか痛む顎を手で触りながら維はようやく、一護の方を向いた。

 恨みがましく睨みながら。

 バカ、サイテー、酷い、鬼、鬼畜、アホ、バカ。

 ありとあらゆる罵倒を出ない声の代わりに目で訴えるが、一護はジト目で維を見るだけである。

「俺は一応注意してやっただろうが。聞かなかったお前が悪い」

「―――だからってそんな捨て身戦法取るなんて思わなかった…」

 思い切りぶつかったのだから、一護だって予測していただろう衝撃でも相当痛かったはずだ。

 それなのに平然と言葉を返す一護に、うーうーと唸りながら痛む顎を押さえ恨みがましく一護を睨む維。

 一護は維を睨み返しながら、はっきりと言い渡す。

「お前が悪い」

「――――――――ごめん」

 とうとう、睨んでいた目がしょんぼりと反省の色を出した。

「解ればよろしい」

 しゅんと項垂れる維を見て、満足そうに一護は頷く。

 偉そうな態度を取る一護を見て維はぶぅと唇と尖らせるが、悪いのが自分だと解っているので何も言わない。

 不貞腐れる維に一護は薄く笑うと、先ほどまで彼女が見ていたモノを見上げる。

 一護たちが今通っているのは桜並木。

 ついこの間まで薄紅色を咲かせていた花は全て散り。

 残っているのは花を支えていた花よりも濃い色のがくと、これからの季節に輝きだす鮮やかな緑の葉である。

「本当に、散っちまったんだな」

 維が見てポツリと言った言葉を一護もまた呟く。

「まあ、もうすぐ五月だしね」

 顎の痛みが弾いて来たのか顎から手を離し、維ももう一度花びらのない桜を見上げる。

「あの花びらがあった部分がそのうちに実になるんだよね。なんかちっちゃいさくらんぼみたいな」

 維のいきなり始まった話に、一護も同じ事を考えていたのか驚くことも無く頷いていた。

「ああ、あれか。で、そのうち地面に大量に落ちて来るんだよな。初めて見た時ビックリした記憶が」

「そうそう、ヤッパリさくらんぼは桜って名前がついてるから桜から出来るんだ! とか…今思うと凄い事考えてたよね」

「まあガキの頃だしなぁ」

「小学生くらいだったもんね」

 昔の事を思い出しながら、二人は桜を見上げたまま。

 花を咲かせ、実を付け、葉を付ける、桜。

 美しい薄紅の季節は終わり、これから桜は普通の木々に戻る。

「なんつーか、桜も大変だよな」

「なんで?」

 何の気なしに囁いた声は、維の耳に届いたようで彼女は一護に顔を向ける。

 一護は維の視線を感じながらも桜を見上げたままだ。

「だって、花が咲いてる時は皆騒ぐのに、終わったら見向きもしないだろ?」

「あー、うん」

 確かにそうだ。

 葉桜になれば、どこに出るある普通の木々と何も変わらない。

 人は葉を付けた桜を通り過ぎていく。

「でも桜にしてみればいいんじゃない? やっと落ち着けるんだし」

 朝から晩まで人に付き合わされ、ある意味休む暇など無いほどに、人に愛される花。

 葉が咲くことで人々が元に戻っていくと言うのなら、桜にとっても良い事なのかもしれない。

「まあ、確かに」

 どことなく納得出来る答えに一護は頷く。

「それにさイッチー」

 こっち向けと名前から言われた気がして一護が維を見ると、にんまりと彼女は笑っていた。

「私たちが見る見ないに関らず、桜はいつだって桜だし。来年の事を考えれば桜は普通の木になった方が良いのかもしれないよ?」

 来年、同じ時期に、桜はまた花を咲かす。

 人々を魅了して止まない、美しい花を。

 木自体が枯れるまで、そのサイクルを繰り返す。

 桜が桜である限り。

 通り過ぎてしまうが、桜であることを忘れないだろう。

 ふっと、一護は笑った。

「そうだな」

 一護の賛同を得て、維はうんうんとゆっくり首を縦に振る。

「そうそう、それにこれからの季節は緑が綺麗だし、他の花も咲くし。桜ばっかりがオンステージじゃ勿体無いし」

 五月、初夏の日に照らされ輝く新緑。

 梅雨になるまでの間しかない、新しい命の色。

 桜同様に、期間限定で起こる奇跡。

 維は新緑に彩られる葉桜を仰いで目を細める。

「お疲れ様、また来年もよろしくね」

 目を細めたまま口の両端を上げると、維はくるりと一護に向き直る。

 表情は桜に向けた微笑のまま。

 どこか満ち足りているような維の表情に一護も釣られて淡く笑うと、

「帰ろうぜ」

 声をかける。

 もちろん、維が断るわけもなく。

「りょーかいです!」

 ビシッとつたない敬礼を返し、二人は同じ方向へと歩き出す。

 青々とした緑の桜に見送られながら。

 

 

 

Fin


あとがき

7周年企画最後の話は葉桜でした。

とある素材サイトさんで桜蕊の素材を見つけたので、使ってみたくなったのが原因。

ずっと桜の花が咲いてるときの今年か書いてなかったので、これから葉桜になる桜の話もいいかなぁとか。

 

 

 

 

2008.4.30

 

 

 

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