雨の日は君と
サーッと、頭の上から音がする。
別に深い意味はないんだけど、空を見上げて見れば、目の前は灰色の空。
ったく、今日は一日晴れるんじゃなかったのかよ。
なんで、こんなに見事に雨が降り続いてんだか。
オレは今、学校の昇降口に馬鹿みたいに一人で突っ立ってる。
理由は簡単、雨が降ってるのに傘を持ってないからだ。
いつもなら、置き傘の一本も持ってるはずなんだけど、傘を持ってこなかったルキアにぶん取られた。
――あのヤロー、後で憶えてろ。
そういや、オレが傘持ってないって解った井上が傘、貸してくれようとしてたな。
予備があるのかって聞けば大慌てで無いけどあるって、なんか良く意味の解んねぇコト言ってたけど…。
要はないってことだよなって思い直して、借りるのは遠慮したけど…帰る間際までオレの方心配そうに見てたな…。
悪い事したとは思ってないけど、ちょっと罪悪感がオレの心を占めてくるので、明日、もう一度礼を言おう。
そんな事を思いながら、オレはもう一度空を見上げた。
意味なく真正面の雨を睨んでるより、灰色の空から落ちてくる雨を見てた方が、なんとなく落ち着いた。
相変わらず、雨は苦手だ。
…前よりも、少し苦手じゃなくなったけど、それでもヤッパリ苦い思い出は雨と共に降って来る。
確かにオレは、あの雨の日よりも強くなったはずなのに、それでもまだ足りないとばかりに雨は降る。
オレは…どこまでいけるんだろうか。
どれだけの、大切な者を護れるんだろうか。
「そこの目つきの悪いオレンジ。こんなトコで何馬鹿みたいに突っ立ってんの?」
雨のせいか、なんか感傷的になってたオレの耳に聞こえてきたのは、馬鹿みたいに明るくて。
聞き逃させてはくれないほど、芯の通った声。
「…お前こそ、こんな時間までなにやってんだよ」
オレが声の方を向けば、案の定。
怪訝な表情を浮かべた維がいた。
維はオレの言葉に大げさなほど大きな溜息を吐いて、こっちに近付いて来た。
「委員会。書庫の整理頼まれて遅くなったの」
「そうか」
「イッチーは?」
オレの隣に来た維は、オレの顔を覗き込むように顔を上げてきた。
「傘忘れたの?」
首を傾げ維に、オレは首を横に振った。
「違う。ルキアにぶん取られた」
「……それはご愁傷さまっつーかなんつーか…。家一緒なんだから一緒に帰れば良かったのに」
至極当然のように、維がそう言ったが流石にそれは無理だった。
「んなこと出来るかよ。ルキアと一緒の傘で帰ってるところを水色や啓吾にでも見つかってみろ。明日から学校行く気なくすぞオレは」
「ルッキーはそんな事あんまり考えないと思うけど?」
オレの言葉に維は真顔で答えてきた。
…ああ、だろうな。
ルキアはそんな事考える様なヤツじゃないよな。
効率がいいっつって、オレと一緒に傘に入るよな。
…行き先が同じなら。
「確かにな、でも今日は無理。アイツ井上たちと甘味処行くっつってたから」
「…あー」
何かを思い出したのか、維は少し遠い目をしていた。
「そう言えばお昼休みっくらいにそう言ってたね…。ヤッパリ行ったんだ…いいなぁ」
維はオレから視線を離すと大きく残念そうに溜息を吐いた。
「図書委員の仕事は大好きだけど、甘味処にも行きたかったなぁ…。今更言ってもしょうがないんだけどね。誘い断っちゃったし」
しょうがないと、もう一度呟いてから。
維は自分の鞄を腕に抱えて、一本の傘を取り出した。
「私、これで帰るけど、イッチーどうすんの?」
折り畳み傘を手に持ちふるふると左右させながら、維がオレの方を向いて聞いてくる。
どうすんのって、お前…。
「雨脚が弱くなるまでもう少し待ってみる」
「―――今日、夜中になんないと晴れないってさっきケータイの天気予報で見たんだけど…。夜中までガッコにいんの?」
その言葉に、オレは肩を落とした。
「マジかよ…」
雨脚は強くもなければ弱くもない。
このまま帰れない事もないが、遊子のお小言は覚悟しなくちゃいけないな。
「それだったらしょうがねぇ、このまま走って帰るわ」
怒った顔の遊子の顔を脳裏に浮かべながら、オレは維の方を見ようとしたら。
パンッ!
目の前に突然現れたのは、維の顔じゃなくて柔らかい空色。
いきなりの事で呆然としちまったオレの気配を感じたのか、空色の向こうでクスクスと笑う声が聞こえてきた。
「イッチー、ビビり過ぎ…」
クスクスと笑う維の声が脳に届いて来た時、オレは思いきり顔を顰めて、怒鳴った。
「お前、危ねぇだろうが! 人に向けて傘広げんな!!」
結構な大声で怒鳴ったにも拘らず、維は笑ったままだ。
ってか、さっきよりも笑い声が酷くなってる…このヤロウ。
「ご、ごめ…でも…だって…」
いつまで経っても納まらない維の笑い声を聞いて、オレは大きな溜息を吐いた。
本気で怒鳴っても、怒っても、コイツはいつも笑うだけ。
怒ったり、泣いたり、むくれたりしてるところは、何回か見てるけど。
怖がってる所なんて、そう言えば一度も見た事がない。
いつだって、オレの傍に居て笑ってる。
初めて会った時から、ずっと。
そう考えると不思議なヤツだけど、別に悪くないと思ってるオレも、大概コイツに感化されてんだろうな。
オレはそこまで考えるとなんだか急に馬鹿らしくなって、維につられるように笑った。
声は立てなかったけど。
ようやく、笑いが納まったのか、維が傘の向こうから顔を出した。
表情は、まだ少し緩んで笑っていた。
「せっかくだから、一緒に途中まで帰ろ?」
笑みを浮かべたまま小首を傾げる維を見て、オレは目を丸めた。
「いいのかよ?」
聞けば、維は頷く。
「この時間だし、相合傘してても誰も解んないよ。濡れ鼠になって家に帰るよりはマシだと思うんだけど?」
どうでしょうか?
聞いてくる維を見て、オレはもう一度灰色の空を見上げた。
シトシトなんてもんじゃない、サーと鳴り続ける音を聞いて、オレは維の方に視線を戻した。
相合傘って言うのは少し照れるけど、相手はコイツだし…別にいいか。
「傘、持ってやるよ。お前に持たせるとオレがしんどいからな」
「どーせチビですよ、悪かったですね」
維は頬を膨らませてジト目でオレを見たあと、心なしか嬉しそうに笑って見せた。
パタパタと、傘に雨が落ちる。
少し煩い気もするけど、隣で色々喋ってるヤツよりは、マシだと思った。
「そりゃ、イッチーに向かって喋ってるんだもん、雨音になんて負けないよ?」
ヤベ、『音』で聞きやがったなコイツ。
横目でにんまりと笑う維を見て、オレは少し決まり悪そうに、視線を上に…維が貸してくれてる傘を見た。
柔らかい、パステルブルーが目の前に広がっている。
維が持ってるには珍しい色だとは思ったけど、その色は晴れた空を思い出させてた。
そこでふと、オレはコイツに会うまで考えていた事を、忘れていた事に気付いた。
いつも雨が降れば、誰かが隣にいても忘れる事がなかった、あの日の雨音を。
気付いて、オレが維を見れば、コイツは未だににんまりと笑っていて。
…でも、その目はとても優しく凪いでいるのを見て。
オレは傘を持ってない方の手を伸ばして、維の髪をかき混ぜた。
当然、維は思いっきり慌て出す。
「ちょ、イッチーなにーーー!?」
「別に、気にすんな」
「いや、気にするよ!? ちょ! 止めて! 濡れる! 肩が濡れる!!」
「維が動くからだろ?」
「動くよ!? 普通は動くよ!? 逃げるよ当たり前だよなに? え? なに??」
『音』を聞こうとも出来ないらしく狭い傘の中、何とかオレの手から頭を離そうと逃げ回る維を見て。
オレは小さく口を開いた。
「ありがとな」
雨の日はお前と、いるのも悪くないな。
Fin
あとがき
拍手ありがとうございました!!
黒崎一護的5のお題、5《雨の日は君と》でした。
維の独白、一護とチャドの会話、一護と維の会話形式、維と織姫の一護談義?
いろいろな話を書いて見ましたが、最後は一護視点で書いてみました。
…難しかったです。
一人称は難しいですね(溜息)
ちょっと一護が一護じゃないかもですが、楽しんでいただけたら幸いです。
2007.5.21