昔は自衛の手段だったけど。

今は私の一部。

 

 

 

BOOKWORM

 

 

 

維のお気に入りの場所のひとつに、図書館がある。

図書委員と言う理由もあるのだろうが、それでもよく彼女はここにいる。

一護は今、図書館の中にいるだろう維を探していた。

そんなに広くはない図書館ではあるが、さまざまな書物に囲まれたその空間は少し、異質である。

静かで、本の独特の匂いがするその場所に彼女はいた。

本棚と本棚の間にある少し手狭な通路に本棚と向かい合うように立ち、分厚いハードカバー本のページを捲る少女。

何処か真剣な表情で活字を追っている維の傍に来て、一護は声をかけた。

「維…」

一護の声が聞こえていないのか、ぱらりとページが捲られる。

「おい……」

もう一枚捲られた。

細かい字がページ一面に書かれているというのに、凄い早さである。

一護は溜息を吐いた。

「またかよ…しょうがねぇな」

もう一枚、ページが捲られようとしたその瞬間。

 

 

ゴスッ

 

 

「――――――――――ッ!!!」

一護の手刀が極まり、維がその場にしゃがみこんだ。

ページを捲っていた方の手で手刀の極まった頭を押さえている。

音からして物凄い衝撃だったはずなのに、それでも本を落としていない維を見て、その執念に思わず感心してしまう一護。

声にならない悲鳴を上げながら、しゃがみ込んでしまった全身を震わせる事、数分。

維はゆっくりと後ろを振り返って、上を見上げた。

「な、なにすんだあぁ…バカァ…!! ――――――――あれ?」

涙を目尻に浮かべながら自分を見上げてきて、キョトンと言う効果音が付きそうなくらいの勢いで目を丸めた維。

いつもだったら『音』で気付くはずの彼女が浮かべた心底驚いた顔を見て、ヤッパリと一護はもう一度、溜息を吐いた。

「なにすんだ、じゃねぇよ。お前、またやりやがったな? もう皆帰っちまったぞ」

「………………マジで?」

目尻に涙を残しながら一護の言葉に段々と青褪めていく維を見て、一護は力強く頷いた。

沈黙が広がる事数秒。

維は慌てて立ち上がると、また頭が痛いのか微妙にフラフラしつつ本を元の場所に戻した。

そして、微妙にフラフラしながらも早足で図書館の入り口に近い、新書を扱っている本棚から本を二、三冊取り出すと、借り出しカウンターへと

向かって行った。

維のその様子に一護は呆れながらも苦笑を浮かべずにはいられなかった。

 

 

「わー…ホントに見事に誰もいない…」

見事に人気のなくなった正門を見て、維は思いっきり肩を落とした。

「ひぃちゃんはたっきちゃんたちと帰って行くの見たからいいし。

石田ッちは一匹狼気取りだからどうせ我関せずで先に帰っちゃったんだろうからいいし。

水色君はなんか約束あるみたいだったからいいし、啓ちゃんはその後をウザく付きまとって帰ってたからいいんだけど…」

維は腕の中にある先ほど図書館で借りてきた本をきつく抱き締めながら隣に立つ一護を見上げる。

「ルッキーは?」

「なんか用事があるって言って浦原さんトコ飛んでった」

「チャドは?」

「バンドの練習だとよ」

「………そっか」

維は一護から目を話して、小さく溜息を吐いた。

「自分のせいだとは言え…。イッチーと二人きりだなんて、ちょっと寂しい」

「おい、そりゃどういう意味だ?」

溜息交じりで言われた言葉に思わずカチンと来た一護に対し、

「別にぃ? 言葉の綾です」

維は気のない返事を返した。

彼女の本当にどうでもいいですよ的な雰囲気に気分をなんとなく害された一護は、維に背中を向けた。

「そうか、オレと一緒が嫌ってんなら。お前一人で帰れ」

「申し訳ございませんでした黒崎 一護様」

背中に向かって維が深々と頭を下げた気配がした。

 

 

歩きながら手に抱えていた本を鞄に仕舞う維を見て、

「それにしても。お前本当に本、好きだよな」

一護は今更ながらにそう思い、どことなく感心したように言うのを聞いて、維はとても嬉しそうに頷いた。

「うん、大好き! 一日一回は本とか新聞読まないと落ち着かないもん」

「昔から思ってたけどよ、お前って完全な活字中毒だな」

「意外?」

「いや」

一歩、一護の前に出て彼の顔を覗き込むように首を傾げながら聞く維に、一護は首を横に振った。

「現国とか古典とか、オレより点数良いの知ってるし。こう何回も迎えに行かされてると嫌でも解ってくるって」

お前が本、本当に好きなの。

一護の苦笑に近い笑顔を見て、維は嬉しさを表情に出して笑った。

「ありがと。そんな嬉しいコト言ってくれるイッチーにひとつ、ナイショ話を教えてあげよう」

にんまりと笑顔を浮かべて言ってくる維の言葉に一護は二、三回瞬きをした。

「なんだよ、ナイショ話って」

本好きの理由にナイショ話も何もあるのか? と言う疑問を『音』として聞き届けた維は、本当にナイショ話をするように、

一護にしか聞こえないくらいの音量で第一声を切り出した。

「私ね、もともと本はそんなに好きじゃなかったの」

ひっそりとでもハッキリと告げた言葉に、一護は目を丸めた。

「は?」

本当に驚いた表情をしている一護が面白いのか、維はくすくす笑い出した。

「絵本とかは好きだったんだけど、それでも普通の子と同じくらい。こんなに活字に飢えるなんてコト考えられなかったんだ」

「…じゃあ、なんで?」

今までの維の本の虫っぷりを見てきた一護は信じられないと言う目をして維を見て言えば、彼女はナイショ話を続けた。 

「ほら私、人より耳が《良い》でしょ? 今は調節出来るようになってるけど…。

昔はお母さんお姉ちゃんや玻璃が傍にいてくれないと本当に周りの『音』、聞き放題だったのね」

 その時の事を思い出しているのか、維は少し困ったように笑った。

「ときどき、お母さんたちがいても『音』が勝手に耳に入ってきてた時があって…。

あの時は本当に気がどうにかなるんじゃないかってくらい、しんどかったんだ」

人の霊圧や魂の奏でる『音』は、時に人の心の心境をも聞く事が出来る。

喜びや楽しさなら、まだ我慢が出来る。

しかし、憎しみや悲しみと言った負の感情は我慢しようにも限度がある。

それらの負の『音』に中てられて、体調を崩した事も一度や二度ではない。

「そんな事があったのか」

初めて聞く維が持つ力の副作用を聞いて、一護は半ば唖然としながら呟いた。

自分も人より目が《良い》のは自覚していて、そのために見なくても良いモノを見た事など何回もある。

しかし、視覚で捉えるという事は目を閉じれば回避できると言う事で。

本当にどうしようもないモノを見てしまいそうな時は、いつも目を閉じていた事を思い出した

一護は否が応にも人の心を聞く破目になった維の苦労を感じ取り、辛そうな表情を浮かべる。

維は辛そうな一護の表情を見て取ると、にぱりと笑った。

そんな顔をする必要などないとでも言うように。

「でもそれ、昔の話しだし、今は全然平気。

良い思い出ってほど良い思い出じゃないけど、経験しといて良かったって思えるもん。……でね」

だから大丈夫、と維は話を続けた。

「あまりにも酷かった時が多かったから、強制的に『音』を聞こえなくさせようって話になったんだ」

「それで、本か?」

維の言葉が届いたのか、表情を和らげた一護が聞いてきたので、彼女は頷いた。

「うん。お姉ちゃんもやっぱりガードされてるのに聞こえてきてた時があったみたいで、

その時に自分が一番集中出来るものをして何とか凌いでたんだって。

お姉ちゃんは音楽を聞いてると良かったみたいなんだけど…私はそれ合わなくて、本を読み始めたの。

そしたら凄い集中出来て『音』全然気にならなくなったんだぁ」

維は本が入っている自分の鞄を見詰める。

「周りからのシャットダウンも大切だけど、自分で何か対策を立てろって事だったんだと思うんだ…今思えば。

で、そのある意味自分の身を守るために始めた読書が楽しくって面白くって段々のめり込んで行き…。

今では自分の悪癖になってると、言うワケですね」

人生、何が起こるかわっかんないよねぇ…。

カラカラ笑う維に一護は確かにと頷いた。

「本当に悪癖だよな。お前のこの癖のせいで何回オレやチャドが本のあるところから迎えに行かされた事か…」

「あはは…」

昔の事を思い出し、溜息が今にも出そうな一護に維は申し訳なさそうな乾いた笑みを浮かべた。

「もともとが自衛手段だったから、本読んでるときは『音』も聞こえなくなっちゃって…。

今日だってイッチーが頭チョップ食らわせるまで気付かなかったもんねー」

「気付かない方が悪いっつってもよ…。維、お前そんなんで本当に大丈夫か?」

のんびりとなんでもない様に言う維に、一護は心配になって声をかけるが。

彼女は実に暢気だった。

「だいじょぶだいじょぶ! 私の代わりに玻璃が気を張っててくれるもん。本当に危なくなったら自力で何とかするし。

イッチーが心配する事なんてどこにもナイナイ」

どこまでも楽観的に言う維に一護は完全に大きな溜息を吐いた。

「ったくお前は…」

心底呆れたと言った様子で肩を落とす一護の肩を、維はポンと叩いた。

彼女の表情はとっても生き生きしていたのを、幸か不幸か、一護は見ていなかった。

そのため、

「心配する事は何にもないけど…。でもまた近いうちに、またやるかもしれないから、そん時は迎えヨロシク」

彼女のその台詞に、一護は少しだけ泣きたくなった。

「………いい加減直せよ、その癖!」

しかし、維はニコリと笑うだけ。

「気を付けてはいるよ? でももう絶対に直らない悪癖だから。病気だと思って諦めて」

 

 

「……ソウデスカ」




一護の吐いた本日最大の溜息は綺麗な夕焼けの空へと消えて行った。

 

 

 

 

 

 

Fin


あとがき

我が娘たちは自分を投影している部分が少なからずあり、その影響で彼女たちの殆どが読書好きなんですが…。

中でも維は生粋の本好き、活字中毒者。

まさしく本の虫。

一回読み出したら余程の事がないと戻ってきません。

お陰で一護、またはチャドが苦労しているのですが(苦笑)

…補足で一護がいないときに維がアレ状態になったときはチャドが迎えに行くと言うのが暗黙の了解になっている模様。

そのうち、石田とか織姫あたりも加わる予定です(オイ)

ちょっと鋼のエドと似た感じですが、彼女の場合はもともとが自衛行為だったのが違うところですね。

タイトルは文字通りの本の虫。

活字中毒という英訳のタイトルにしたかったのですが、活字中毒の英語がなかったのため、本の虫に変更しました。

…なんでないんだ?

 

 

2007.5.14

 

 

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